51回目の誕生日

今日は、亡き妻の51回目の誕生日です。彼女があまりに早くこの世を去ったことを思うと、無念でたまりません。彼女の人生がもっと続いていれば、家族みんなでこの日を祝うことができたはずです。そういう残念な思いが、私の心の中で暗い影を落とします。

彼女が元気だった頃のことを、今日は特に思い返しています。笑顔で家族と過ごした日々、共に過ごした時間の一つひとつが、今では貴重な思い出となっています。彼女が元気であれば、どんなふうに歳を重ねていくのだろうかと想像することもあります。誕生日を迎えるにあたり、そのことも私の胸を締め付けます。

今日は、ささやかながらケーキをお供えしました。彼女はケーキが好きでした。誕生日にふさわしい華やかさはありませんが、心より供えました。彼女がここにいてくれたなら、一緒に食べて、笑って、楽しいひと時を過ごせたでしょう。しかし、それはもう叶わないことだと分かっています。それでも彼女のために少しでも、という気持ちでこうして小さな祈りを捧げました。

本来なら、家族全員で集まってお祝いをする日です。子供たちも一緒に、彼女を囲んで賑やかに過ごすはずの時間です。その光景を思い描くたびに、彼女がいない現実が痛みとなって襲ってきます。しかしそれでも、彼女が私たちの心の中に生き続けていることに変わりはありません。

彼女の誕生日をこうして迎えるのは、これが初めてです。今後毎年この日が来るたびに、彼女がいない寂しさが募るでしょう。しかし同時に彼女との思い出がより一層愛おしくも感じられます。今日はそう言ったの思い出に浸りながら、彼女に感謝の気持ちでお祈りします。

彼女の誕生日を祝うことができるのは、私たち家族にとって大切な時間です。彼女がこの世にいた証を、こうして静かに、しかし確かに感じ取ることができるのは、私たちにとっても大きな慰めです。